最後の恋 第10話
大地君がブラックターボだと分かってから、僕は正直、大地君を普通に見られなくなっていた。
誰も知らない、僕だけが知っている大地君のもう1つの姿。
光沢のある漆黒のブラックターボのスーツに包まれた大地君。その体に密着するように纏わり付くスーツは、大地君の体付きをクッキリと浮かび上がらせる。腕、筋肉質な胸板、しっかり割れた腹筋、陸上部で鍛え上げたガッチリとした太腿。
そして。
そんな大地君のガッチリとした2本の足の付け根部分に息づくふくよかな膨らみ。大地君の男としての象徴・ペニスとその下に息づく2つの球体。その姿を見た時から、僕は大地君のその姿を思い出しながら、何度も自慰行為に耽っていた。
そんな僕らの関係が大きく変わろうとしていた。
「…はぁぁ…」
今日も仕事がタフ。両手に重いカバンを持ちながらトボトボと街の中を歩く僕。
「…疲れた…」
今日もいつもの喫茶店へ行こう。
(…大地…、…君…)
大地君のことを思いながら自慰行為をするなんて言う罪悪感に苛まれながらも、僕はいつも大地君のことを想っていた。疲れた時は特に、大地君に会いたかった。
ガランッ!!ガラン、ガラン…。
いつものようにけたたましい音を立てるドアベル。そして、
「いらっしゃいませー!」
と言う大地君の元気な声。そして、大地君は僕と目が合うとニッコリと微笑み、ペコリと頭を下げる。
「…ふぅぅ…」
頬を膨らませて大きな溜め息を吐きながら、古ぼけた灼けたクッションに座り込む。
「今日もお疲れですね!」
ニコニコ笑顔の大地君がお水と冷たいおしぼりを持って来る。
「外も暑いしねぇ…。ちょっと歩いただけで汗が噴き出すんだから、たまったものじゃないよ…!!」
「ですね!!」
そう言いながらも大地君は、
「いつものでいいですか?」
と聞いて来た。
「うん。お願い」
「かしこまりました!」
大地君は元気にそう言うと、
「ブレンド、1つッ!!」
と、カウンター奥のマスターに向かって声を上げたのだった。
「お待たせしました!!」
僕がカバンの中身を整理していると、大地君がいつものように茶色に濁ったコーヒーを持って来てくれた。
「ありがとう」
僕はそう言うと、大地君が持って来てくれたコーヒーを一口、すすった。でもすぐに、
「…ん?」
と声を上げていた。
「…今日は…、…いつもより、甘い?」
「正解ッ!!」
大地君がニコニコとしている。でもすぐに、
「…あ…。…余計なことだったらごめんなさい。英浩さん、いつもよりお疲れのようだったから、角砂糖を2個半にしてみたんです」
と言った。
「…ありがとう…」
僕は、やっぱり、大地君が好きだ。ほんの些細なことだけど、こうやっていろいろ考えてくれる。
「…大地君…」
「…はい?」
穏やかに微笑んでいる大地君。
ドクンッ!!
僕の心臓が大きく高鳴る。
(…どうしよう…?)
声をかけたはいいけれど、こんなところで告白をするのだろうか。いや、それよりも、やっぱり気持ちを伝えない方がいいのだろうか…。
「…?…どうしました?」
大地君は相変わらずニコニコと微笑んでいる。
ドクンッ!!ドクンッ!!
僕は、本当に大地君のことを、大地君として好きなのだろうか。大地君がブラックターボだったから、そして、あんな妙な感情を抱かせるスーツを身に纏ったから、そう言う目で見ているだけなのではないだろうか。
「…英浩さん?」
「…え?…あ…」
ちょっと困ったように笑っている大地君。そんな大地君の顔を見て、僕は思わず口走った。
「…こッ、…今夜、晩御飯でも一緒にどう?」
「…え?」
これには大地君も一瞬、目を点にしたが、すぐにニッコリと笑って、
「いいですよ!!」
と言ってくれた。
「じゃあ、バイトが終わったら、いつものように駅にいますね!!」
「うん」
「どこに食べに行きます?」
「…家…」
「…え?」
その頃、僕の顔は真っ赤になっていたと思う。
「…僕の家で…、…どうかな…?」
「…それって…、…英浩さんがご飯を作ってくれるってことですか?」
「…ん…」
コクンと頷く。その途端、
「よぉっしゃああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」
と言う大地君の物凄い叫び声が僕の耳を劈いた。
「マジですか!?マジで英浩さんの家に行っていいんですか!?」
鼻息荒く、目をキラキラと輝かせて僕に詰め寄って来る大地君。
「…え?…あ、…ああ…」
その勢いに圧されて、僕は思うように声も出せない。
「…じゃ、…じゃあ、バイトが終わったら英浩んさんちの最寄り駅まで行きますねッ!!」
大地君はそう言うと、
「イヤッホーッッッッ!!!!」
と更に元気になり、迷惑じゃないかと言うほどに大きな声で他の客の対応をしていた。
その日は僕も仕事を定時に終え、さっさと家に戻った。
普段から片付いているその部屋。これと言ったものもなく、わりとガランとしている。
「…よい…っしょ…」
重いカバンを床に置き、スーツを脱ぎ、エプロンを付ける。そして、帰りに買って来た野菜やらお肉やらを手早く調理し、準備をする。
「…2人暮らし…」
不意に呟いてみる。
「…もし、大地君と一緒に生活していたら…」
朝、目が覚めてみたら横には大地君がいて。その寝顔を見ながら僕は幸せな気分に浸り…。そんな大地君のガッチリとした2本の足の付け根部分に息づく、大地君の男としての象徴であるペニスは大きく勃起し、スウェットズボンの前を大きく押し上げていて…。僕はそれに手を伸ばし、やわやわと愛撫をする。大地君は起きているのか、時折、ピクッ、ピクッ、と体を跳ねらせ、呼吸も少しだけ乱れている。僕は大地君のスウェットズボンと下着の腰の部分をゆっくりと持ち上げ、大地君の大きく勃起しているペニスを取り出し、ゆっくりと口の中に含む…。
「…って、うわああああッッッッ!!!!」
変な妄想をするんじゃなかった!!気が付いたら、待ち合わせの時間に遅れそうになっていた。
僕は急いで準備をすると、物凄い勢いで家を飛び出していた。
「…ッ、…ああああ…ッッッッ!!!!…美味かったああああッッッッ!!!!」
手早く料理を作り、大地君と食べる。いつもは一人で黙って食べていた食事。それがこうやって誰かが傍にいて、一緒に食べるだけでこんなに美味しくなるのだと言うことを改めて知った。それが、好きな人だったら尚のことだ。
ご飯を食べながら、大地君にいろいろなことを聞く。学生生活のこと、将来の夢のこと。そして、ブラックターボだった頃のこと。
「英浩さん、料理上手なんですねぇ!!」
お腹をぽんぽんと擦りながら、大地君が満足気に言う。
「まぁ、料理は嫌いじゃないからね」
僕はそう言いながら、出していたお皿などを片付け始める。すると、大地君が、
「あ、オレ、手伝います!!」
と言った。
「あぁ、大丈夫大丈夫。大地君はゆっくりしててよ」
僕はそう言いながらキッチンに向かうと、それらを洗い始めた。
ジャアアアア、と言う水の音がする。
その時、僕は大地君がおもむろに立ち上がり、僕の背後に立っていることに気付いていなかった。そして、不意に大地君の両腕が背後から伸びて来たかと思うと、背後から僕をギュッと抱き締めて来たのだった。