力、絶体絶命! 第2話
翌日――。
力は生徒会室に呼び出されていた。
主な学生活動のイベントや方向性を決めるだけではなく、各部活動の予算配分を決める組織。武蔵野学園高校生徒会の力は強大なもので、様々な影響力を持っていた。各部活動がその活動を円滑に進められるためには、何をするにも金が要る。ここの生徒会はその権限を全て握っていたのだ。
それだけではない。
この武蔵野学園高校生徒会は、予算配分は当然のことながら、学園祭でのイベントスケジュール管理やその開催場所、大会等への応援バスの手配など、とにかくこの生徒会がないと全てが始まらないとさえ言われている。それだから、各部活動の幹部達はこぞって生徒会にすり寄り、生徒会のご機嫌取りをしていた。それだから、生徒会の役員達は常に優位に立ち、優越感に浸っていた。
だが、力が所属する野球部は違っていた。
そもそも、エースが力だ。力は曲がったことが大嫌いで、その性格ゆえ、生徒会へのご機嫌取りをしようとはしなかった。
「そんなことをしなくたって、結果が全てなんだッ!!その結果さえまともなものなら、誰だってついて来るさッ!!」
不安そうにしている部員達に明るく振る舞う力。そんな野球部だからこそ、結束力が固く、結果を伴い、毎年大会では好成績を残している。
だが、そんな野球部を生徒会の、特にこの男だけは良くは思ってはいなかった。いや、野球部を、ではなく、力を良くは思ってはいなかった。
「…何だよ、話って…?」
この部屋に来ると、力は必ずと言っていいほど不愛想になる。無理もない。目の前にいる男・万里小路とか言うヤツは、力にとって苦手な存在だからだ。いや、苦手と言うより嫌い、と言った方がいい。その苗字からしても、力とは格が違うだろうと言うことが容易に窺えた。
万里小路は相変わらず革製の深々とした椅子に深々と腰かけている。力より華奢で身長が低い。名前の通り、どこかお坊ちゃん育ちの苦労知らず、と言った容貌。そんな万里小路は、椅子に腰かけていると言うより、椅子が彼を包み込んでいると言った方が早いかもしれなかった。
万里小路は冷たいイメージのフレームの眼鏡の奥からチラリと視線を動かし、
「…来年度の予算なんだが…」
と話し始めた。
「…野球部の予算は…、…ゼロ、でいいよな?」
「…は?」
一瞬、何を言っているのかと思った。
「…今、…何て…?」
「聞こえなかったのか?野球部の来年の予算配分はゼロでいいよなと言ったんだ」
「なッ、何でだよッ!?」
力は思わず大声を上げていた。
「オレ達は毎日毎日、厳しい練習を積んでいる!!だからこそ、大会で上位成績を修めることが出来ているんだッ!!だが、その厳しい練習のせいでボールやユニフォーム、シューズ、その他にも必要なものがすぐに磨耗したり、ダメになってしまったりするんだッ!!だから、新しいボールやユニフォーム、その他、機材も新しく買わなきゃならないんだッ!!なのに、予算なしってどう言うことなんだッ!?」
思わずまくし立てる。だが、万里小路はフンと鼻で笑うと、
「ボールを転がして楽しんでいるだけの部活動に、そんな金を回す必要なんてないじゃないか」
と言ったのだ。
「ボールを投げては転がし、そこに戯れるお前ら。犬の戯れか?ボールをただ投げて、コロコロと転がすことに、何のメリットがあると言うのだ?何のメリットもない。ただのお遊びじゃないか?そんなところに、金なんていらないだろう?その金を科学部や生物部、情報科学部などの学術研究のために予算アップを申請して来ている部活動に回したいんだけどね」
「お前エエエエッッッッ!!!!」
カッとなった力。思わず、万里小路に掴みかかろうとして、
「…ぐ…ッ!!」
と呻き、ブルブルと震える拳を納めた。
「…フンッ!!」
万里小路はニヤリと笑うと、
「よく堪えたな。ここで一発、俺を殴っておけば、野球部は未来永劫、予算配分なんてなかったのに…」
と言うと、眼鏡の奥の瞳をギラリと輝かせ、
「…いや、…廃部だな…」
と言い、首元で右手をスッと振った。
「…お…前…え…ッッッッ!!!!」
力の顔は真っ赤になり、拳はブルブルと震える。
「…く…っそ…!!」
だが、今の力には野球部を守ると言う強烈な使命があった。次の瞬間、
「頼むッ!!オレ達野球部にも、いつも通りの予算配分を来年もしてくれッ!!」
と、頭を下げていた。
「…ほう…」
懸命に怒りと屈辱を堪える力に対し、万里小路はじっと力を見つめている。
「頼むッ!!予算配分をしてくれないと、オレ達は活動で使うものが一切、買えなくなってしまうッ!!」
「…」
「…?」
力をじっと見つめる万里小路。
ゾクッ!!
その眼鏡の奥の瞳と目が合った時、力は言いようのない感覚に襲われた。嫌な予感、ではない。いや、それを通り越しているような、そんなおぞましい感覚。
「…いいだろう」
「…え?」
「ただし、条件がある」
…来た…。
だが、力の両肩には野球部の運命がかかっている。ここで逃げるわけには行かなかった。
「…条件は2つだ」
そう言った時、万里小路がゆっくりと椅子から立ち上がり、ゆっくりと力の方へ歩いて来た。
「1つ目。俺の命令には絶対だ」
「…命令…?」
その時、万里小路の細い手がスッと伸びると、力の肩をぽんと叩いた。
「…お前の体を借りたいんだがね…」
「…オレの…、…体…?」
だが、その時の力にはその真意がはかりかねていた。
「…何か、…重労働か手伝って欲しいことがあるのか?」
「…フッ!!」
万里小路が噴き出す。だがすぐに、
「まぁ、いい。取り敢えず、俺の命令には絶対だ。いいな?」
と言った。
「…あ、…あ、あぁ…」
力はコクンと頷く。
「…では、もう1つ…」
万里小路の目がギラリと光った。
「…これからお前に聞くことに、正直に答えてくれ」
「聞くこと?」
「その質問の答え方によっては…」
「…予算は…、…なし…?」
力の言葉に、万里小路はコクンと頷く。
「…では、聞く…」
一瞬、沈黙が訪れた。
「…お前…。…ターボレンジャー…、…レッドターボ…、…なんだろ…?」