毒牙 第2話

 

「引間せんせッ!!手伝いますッ!!

 翌日からも、洋平は何事もなかったかのように、部活後の片付けを引間と共にしていた。

「助かるよ、浜君」

 オドオドとした様子で部員達が散らかした道具を拾い、せっせと片付けて行く。その大きなメガネの奥の瞳がクリクリっと動いた。すると洋平は、

「先生一人じゃ、また何をしでかすか、分からないですからねぇ…!!

 と意地悪く言う。すると引間は目を見開いて、

「おッ、おいおいッ!!大人をからかうなって!!

 と言う。

「大人って言ったって、4つしか変わらないのに。…それに…」

 その時、不意に洋平が手を止めると、引間のもとへゆっくりと歩み寄って来た。

「…な…ッ、…何だい…!?

 自分よりも背が高い洋平。引間の目の前には洋平の筋肉質な体がある。

「…お、…大人をからかうなよ…」

「別にからかったりなんか、していませんよ」

 じっと見下ろす洋平。

「…先生って…、…何だか、滅茶苦茶、かわいいって言うか…」

「…だッ、だからッ、それが大人をからかっているって言うんだッ!!

 引間がそう叫んだ時だった。

 ツルッ!!

 引間の足が滑り、

「うわッ!?

 と言う声を上げ、引っ繰り返りそうになった。

 その時だった。

 ガシッ!!

 不意に右手が掴まれ、グイッと引き寄せられるような感覚を覚えた。そして、ぽすんと言う音と共に、引間は目の前にいる洋平の胸の中に収まるような格好になっていた。

「…な…ッ、…な…ッ!?

 顔が真っ赤になる。

「…ほら…。…だから言わんこっちゃない…」

 頭上から降り注ぐ、洋平の優しい声。

「…浜…、…君…?」

 洋平が静かに微笑んでいる。

「先生は、見ているこっちがハラハラするくらい危なっかしいんですよ。まだ先生になったばかりだから仕方がないのかもしれないけど、何か、近所に住んでいるちょっと頼りないお兄ちゃんって言うか…。オレ、先生のことが凄くかわいく見えるんです。あッ!!それから、オレのこと、洋平って呼んで下さいッ!!

「…う…、…うん…」

 顔を真っ赤にしている引間。

「んじゃ、さっさと片付けて帰りましょッ!!

 その時、洋平は明るい声でそう言うと、再び、プールサイドに散らかったものを片付け始める。それを見ていた引間だったが、不意に口元を不気味に歪めた。

(…ククク…!!

 本当は暴魔百族の暴魔獣・淫魔である引間。

(…人間の言葉で言うのなら、鴨がネギを背負って来た、と言ったところか…!!

 引間は洋平がブルーターボであることを知っている。

(…さて…、…どうやってヤツのエネルギーを奪ったものか…)

 目の前で張り切ってせっせと片付けをしている洋平。その陽に灼けた、適度に筋肉が付いた体。その体に付いた水が太陽の光を浴びて反射し、キラキラと輝く。

 いや、キラキラと輝くのはそこだけではなかった。

 洋平の腰周りを覆う競泳用水着。濃紺の光沢のある薄い生地越しに洋平のぷりんとした筋肉質な双丘が浮かび上がる。そして、その反対側にある洋平の2本の足の付け根部分。そこに息づく、穏やかな膨らみ。薄い生地に収められているそれはやや窮屈そうに、だが、ずっしりとしたボリュームがあった。

(…美味そうだ…!!

 引間は思わず舌なめずりをしていた。

 

「…よし…っと…!!

 暫くすると、プールサイドはきれいに片付けられ、洋平が爽やかな笑みを浮かべ、真っ白な水泳キャップを外すと額を腕で拭った。ボサボサ頭に爽やかな眩しい笑顔。そんな笑顔を向けられたら、誰だって卒倒するだろう。

「ありがとう、洋平君」

 引間がニッコリと微笑んで見上げると、洋平はニッと笑い、

「…自分から洋平って呼んでくれって言ったのに、何か、照れるな…」

 と言った。

「別に照れることないじゃないか」

 引間はそう言うと、洋平の体に触れる。

「…先…、…生…?」

 ドクンッ!!

 その時、洋平の心臓が大きく高鳴った。今、プールサイドにいるのは洋平と引間だけだ。他の部活も既に終わっているのか、物音1つしない。

「…洋平君の体、本当に凄い筋肉だね…」

「…ま、…まぁ、鍛えてるんで…」

 洋平の体を、引間の指が撫でる。肩を往復し、両腕をゆっくりと上下する。そして再び肩に戻って来ると、今度は洋平の胸と腹をゆっくりと撫でる。

「…洋平君、きっと水泳の成績も優秀なんだろうね…」

「それほどでも…」

「そうなのかい?僕には、洋平君には秘めた能力があるように思うのだけれど…」

「…秘めた…、…能力…?」

「まぁ、秘めた能力と言うか、まだまだ成績を伸ばせそうな気もするな」

 そう言うと、引間はニッコリと微笑んだ。

「…今、洋平君の体を触ってみて思ったんだけど、関節部分がやや硬いかな。それだと、水を弾いたり、蹴ったりする力が弱くなってしまう。もう少し、関節部分を柔らかくする必要がありそうだね」

 引間がそう言うと、

「それなんですよねぇ…。…オレも、正直、悩んでるんですよぉ。どんなに頑張ってもタイムが伸びなくて…」

 と、洋平が言った。

「いわゆる、スランプってやつかい?」

「まさに、そんなところです」

「…ふむ…」

 すると、引間はちょっと考え込むような仕草をした。

「…もっと成績を伸ばしたいよね…?」

「そりゃ、そうですよ!!オレだって一応は水泳選手なわけですし、大会に出場したのなら、優勝したいですもん!!

 洋平がそう言った時だった。

「…取り敢えず、柔軟体操を入念にやってみようか」

 引間がニッコリと微笑んでそう言った。

「でも、オレ一人じゃ、限界があって…」

「だから」

 その時、引間が洋平の肩に手を置く。

「僕が一緒にやってあげると言っているんだ」

「…先生が?」

「うん」

 その時、引間の顔がやや赤らんで見えた。

「…こんなおっちょこちょいな、鈍臭い僕のことを助けてくれるんだ。僕だって、洋平君の役に立ちたいよ」

 そう言うと、引間は意地悪くニヤリと笑うと、

「これは、僕と洋平君との秘密だ」

 と言った。すると洋平は目を輝かせて、

「…何か、いいですね…!!…先生と2人だけの秘密、かぁ…!!

 と言った。

「もし、洋平君がそれでも良ければ、だけど」

 引間がそう言うと、洋平は、

「お願いしますッ!!オレに、いろいろ教えて下さいッ!!

 と頭を下げたのだった。

 

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