毒牙 第3話

 

 ピピーッ!!

 ギラギラと照り付ける太陽。夕方近くになると言うのに、まだまだ蒸し暑い夏の午後。

「今日はここまでえッ!!

 相変わらずやや高めの男性の声が響く。その声に釣られるかのように、プールの中にいた生徒達が一斉にプールサイドへと上がり、賑やかな声を上げながら建物の中へと入って行った。

「…全く…」

 大きなメガネの奥の瞳がくりくりっと動く。

「…少しは手伝えよ…!!

 引間はそう呟くと、プールサイドに散らばっている道具を片付け始める。その視線がチラリととある方向へと向いた。

「…ほッ!!…よッ!!

 ご機嫌な男子高校生が1人。真っ白なキャップ、眩しいほどに輝く青い競泳用水着。細身ながら筋肉質な体付き。甘いマスクに眩しい笑顔が浮かんでいる。

「…ん?」

「…あ…」

 その時、その男子高校生・浜洋平と引間との目が合った。洋平はニッコリと微笑み、プールサイドに散らばっている道具を片付けて行く。

「…ククク…!!

 その時、引間は不気味な笑みを浮かべていた。

(…我ら暴魔の敵・ターボレンジャー…、…か…)

 大きなメガネの奥の瞳がギラリと輝く。

(…もうすぐだ…。…もうすぐ、ヤツは俺の罠の中に掛かる…!!…そして、抜け出せない地獄へと導かれるのだ…!!

 その時、引間は顔を上げ、建物の中へと入って行く他の生徒達を見つめた。

(…あいつらも十分、美味そうだが…)

 子供と大人の中間点。まだまだ成長途中の体。中途半端に伸びた両手両足にうっすらと筋肉が載っている。その体は若さとエネルギーに溢れている。

 特に。

 男子のガッシリとした2本の足の付け根部分に息づくふくよかな膨らみ。それぞれ個体差はあるものの、まだまだ使ったことがない、言い換えれば、自分の右手が恋人のものが多いだろう。そのふくよかな膨らみの下の方、2つの球体が収まっているその部分がふてぶてしい。

(…だが…)

 所詮はただの男子高校生だ。そいつらを食ったところで、究極のエネルギーを搾り取ることは出来ない。

「…だとすれば…」

 引間は視線を別の方向へ移動させる。

「♪フンフフ〜ン…!!

 上機嫌に鼻歌を歌いながらプールサイドの掃除をしている洋平。

(…やはり、彼は大玉だ。彼のそこから溢れ出る究極のエネルギーを一滴残らず搾り取り、我が血肉とする。そして、この世を暴魔が支配してみせる…!!

 その時だった。

「よしっと!!

 不意に洋平が大きな声を上げ、額に浮かんだ汗をグイッと拭った。そして、引間を見ると、

「先生えッ!!終わりましたああああッッッッ!!!!

 と弾んだ声を上げた。

「…あ…、…ああ…」

 引間の顔が引き攣る。心なしか、赤らんで見える。すると洋平は、

「…先生?…どうしました?」

 と言いながら引間へ近付いて行く。

「…あ、…あのね、洋平君…」

「はい?」

 ニコニコとしながら上機嫌の洋平。

「…も、…もう少し落ち着いて…」

「…え?」

 ニコニコとしながら、引間の顔を覗き込むようにする。

「だッ、だからッ!!

 引間は思わず顔を逸らせた。

「…ほ、…他の子達に怪しまれるだろう?…こ、…これから僕達は秘密の特訓を始めるんだから…」

 引間がそう言うと、洋平ははっとした表情を浮かべ、

「…やべ…!!

 と言いながら辺りをキョロキョロと見回す。他の部員達は更衣室の中でワイワイと騒いでいるようだ。誰にも気付かれていない。

「…そう…、…だった…」

「そうだよッ!!本当は、生徒1人を依怙贔屓しちゃいけないんだ。けれど…」

「…けれど?」

 引間は顔を赤らめると、

「…洋平君のことが…、…気になるから…、…仕方がないじゃないか…。…洋平君の水泳の記録を伸ばしてあげたい、洋平君に大活躍してもらいたい、そう思うから…」

「…先生…」

「…だッ、…だからッ!!あまりはしゃぎ過ぎないこと!!じゃなきゃ、本当にみんなにばれてしまうよ?」

「分かりましたッ!!

 眩しいくらいの笑みを浮かべ、洋平は大きく頷いたのだった。

 

 夕陽が眩しく部屋の中に差し込んで来る。

 しんと静まり返った校舎。その一角にある小さな部屋。

「さぁ、入って」

 ちょっとした準備室のようなところに、洋平は通されていた。

「先生はここで授業の準備をしているんですねぇ…」

 そう言いながら、洋平は部屋の中をキョロキョロと見回す。あまりものが置かれていない小さな部屋。

「はい、退いて退いて」

「…え?…あ…、…ああ…」

 その部屋の真ん中に、引間がマットを敷き始めた。そして、

「じゃあ、洋平君。水着に穿き替えて」

 と言った。

「部活で使うものとは別にもう1枚持って来るように言っておいたよね?」

 引間が尋ねると、洋平はニッコリと笑い、

「もちろんですよ!!ちゃあんと持って来ました!!

 と言うと、カバンの中から真っ青な競泳用水着を取り出した。

「じゃあ、着替えて」

 あっさりとした、いや、事務的と言った方がいいだろうか。引間の声が聞こえた時、

「…え?」

 と、洋平は声を上げ、顔を赤らめた。

「…こ、…ここ…で…、…ですか…?」

「他にどこで着替えるって言うんだい?」

 引間は悪戯っぽく笑っている。

「…く…ッ!!

「ほらほら。さっさと着替えないと、遅くなっちゃうよ?」

 引間の勝ち誇ったような笑みに、洋平は内心、ムッと来たが、

「…わ…、…分かりましたよ…」

 と言うと、それまで着ていたジャージを脱ぎ始める。

 まず、上半身。ジャージの中には真っ白な半袖シャツ。それを脱いだ時だった。

「…やっぱり、凄いね…!!

 不意に引間が声を上げた。

「洋平君の体、凄く筋肉質だね」

「…でも…」

「でも、やっぱり、関節が硬そうだね…」

「…ううう…!!

 今にも泣きそうな顔の洋平。すると引間は、

「大丈夫だよ。僕に任せておいて」

 と笑ってみせた。

「僕が、ちゃあんと洋平君の体をフニャフニャにしてあげるから…!!

 その目がギラリと光ったのに、洋平は気付かないでいた。

 

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